心に残っている演奏会~大船渡市・陸前高田市復興支援演奏会~

心に残っている演奏会~大船渡市・陸前高田市復興支援演奏会~
      荒木佑太(平成29年卒 指揮・マンドリン)

平成29年卒の荒木です。現在は大学院で数学を研究しています。学生生活もついに終わり卒業、というタイミングで寄稿のお誘いを頂きました。この場を借りて、自分の学生生活を振り返ってみるのもいいかな、と思いながら筆をとっています。

振り返ってみて「心に残っていること」と言われると、どれも思い入れがあって中々選べないのですが、この場では2016年、私が大学4年生の時に開催された「大船渡市・陸前高田市復興支援演奏会」のお話をさせて頂こうかなと思います。

東日本大震災直後に行った早稲田大学マンドリン楽部復興支援演奏会(陸前高田市)から4年が経過していました。

大船渡市の合唱団と共演中(指揮は筆者)

更に盛大に執り行おうということで、地元の中学校の合唱部や社会人の合唱団の方々と共演し、演奏者100人余りが一堂に会す大規模な演奏会となりました(上の写真)。
指揮者」としてこの演奏会の運営に関われたことは、私の大きな財産になっています。

演奏会を終えた時、今までにない達成感を感じたのを覚えています。
特に、合唱との共演は胸を打たれました。本番の日、初めて会う我々を地元の方々は温かく迎えて下さいました。その場にいる全員が「良い音楽を作り上げる」という思いだけで1つになることができたあの経験は普段の演奏会では得られないものでした。

話は少し変わりますが、私は大船渡市のボランティアに参加していた時期があります。勝手ながら4年の最後に復興支援演奏会を開催できることに少なからず思いもあり、訪問するのが楽しみでした。
いざ現地に赴くと、市内の復興の進み具合に大変驚きました。

陸前高田(奇跡の一本松)

有名な奇跡の一本松(写真)の周りは既に整備が進み、昔は見渡せた海が堤防で隠れていました。土砂を運ぶベルコン(希望の架け橋)も取り壊され、埋め立ての高さも前とは比べられないほどになっていました。復興はまだまだ、ではありますが、少しずつ進んでいることも事実であると感じたのです。

でもその一方で、現地の方々が「伝えていくことの大切さ」について仰っていたことが心に残っています。復興は進んで土地や人も移り変わっていくけれど、過去にあったことを未来に伝えていかなければならないこともある、と。
だから震災から時間が経った今訪れてくれることは本当にありがたい」という言葉も頂き、演奏会をやってよかったと心から思いました。

なんだか演奏会のことを書くつもりが、自分のことばかり書いてしまったような気がします。この場をお借りしてこの演奏会のことをささやかながら語り伝えることができればと思ったのですが、、、

あの時出演してくれた誰かがふとした時にこれを読んで「良い演奏会だったなぁ」と少しでも思いを馳せてくれたら、指揮者冥利につきるなぁと心から思いますし、これからもそんな演奏会を作り上げていきたいと思っています。
(以上)
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